さて、ちょっと困ったことになってます。

ヒーリングストーンの好きが溢れあまって、

セラピールームで時々紹介していたストーンたちを

まずはオンライン販売でお店をやろうとしてるんですけど

熱が入りすぎて笑

他のことがそっちのけになりつつある今日この頃です笑

今ヤマトさんと提携して、海外販促もできるツールを介して販売するか、

国内のB○SEさんで販売するか悩んでますが(両方サイト作っちゃったし😅)

もう、本業になってくのかな?!くらい私の意気込みに自分でびっくり

私、石がすっごい好きみたいです笑

情熱が湧いてくるってこのことね!って感じ。

販促ツールもなかなか慣れないと結構難しく、写真もうまく撮るのが大変汗

しかも石って割れないように気を使うし、一つ一つ違うから、説明して、写真撮ってって、売るのも大変です笑

で、慣れないことを初めてすっごい疲れる!!!!んだけど、

疲れとか、どうでもいいくらい、

それくらいなんか、

好きみたいよ汗

なんでこんな好きなのかなって考えてみたんだけど

私言葉にならない「悲しみ」の感情が小さい頃からずっとあるんです

でも悲しみって、人間にとって高度で美しい感情の一つだと思うんですね。

Greater sadness

この世界に、生きることの喜びと

そして自我に囚われることの悲しみ。

分離の悲しみ

孤独の悲しみ

理解しあえない悲しみ

そんな悲しみたち

美しいものを見ると

底知れない悲しみを感じることがあります



でもさ、悲しみって、世の中的にも、スピリチャル的にもよしとされないでしょ?

スピリチャル的には特に、「Happy」の方が肯定されることがほとんど。


でも悲しみこそが、

神様に導いてくれる

自分の苦しみから抜け出そうと決意するきっかけをくれる

そんな神聖な感情でもあると思うんです。

悲しみがあるからこそ、

神様の光が温かい


イスラム神秘主義の詩人ルーミーは

悲しみの嘆きこそが、神聖な杯であると詩の中で書いています


それを読んだ時に、自分の内側にずっとあったこの「悲しみ」の感情を

受け入れ、肯定し、そしてその恩恵を味わうことができたんです。


そして、ヒーリングストーンを見ていると

その言葉にならない「悲しみ」を理解してくれて、

受け止めてくれるような気がしてくるんです。

天然石って、美しい結晶になるまで

ながーい年月と

熱と圧とを耐え、今度は削り取られたりして


でもどんなふうになろうとも、ただそこで、全てを受け入れそのままであり続ける

ありのままでいいんだよって

ただそこに、不動のエネルギーで静かに佇んでる

静けさと沈黙と

美しさの中で


そんなふうに感じるんです。


ということで、しばらくちょっと軌道に乗せるまで半年を目処にしていますが、

裏の作業が忙しいです・・・

コンサル始めてしまうと、

多分両方手抜きになってしまいそうなので、

コンサル募集は半年くらい先にしようかな

その頃にはもう少し世の中も動きが出てそうですしね


なんかでもこれから先10年、ヒーリングとともに、

ヒーリングストーンやアートを販売できるお店を開くことは自分の中で

大切なことの一つになる予感がすごくしているのです

そしてきっと、自分のためだけじゃなくて、

ストーンが新たな繋がりや、関わりへ導いてくれる、そんな予感がしています。


〜〜〜〜〜


昨夜、男が叫んでいた。アッラー!アッラー!


彼の唇は、賛美の言葉で甘くなった。
すると一人の皮肉屋が言った。

ふん。いつもお前は呼びかけてばかりいるが、
今まで何か答えが返ってきたことはあるのか?

男は、その問いに答えることができなかった。
祈ることをやめ、混乱した眠りに落ちていく。

男は夢を見た。

魂の導き手、はディールに緑濃い茂みのなかで出会った夢を。

なぜお前は祈ることをやめたのか?

それは、今まで何も答えがなかったから。

お前の渇望こそ、返事なのだ。

その嘆きが、お前を大いなるものに引き寄せる。
助けを求める混じりけのない悲しみは、神聖な杯。

飼い主を呼ぶ犬の悲しげな声を聞くがいい。

あのすすり泣くような声こそが、絆なのだ。

愛を請う犬たちがいる。

だれも名前さえ知らない犬たちが。


命をささげ、その一匹となりなさい。


Rumi

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