一見とても仲良く見える母と子

でも実は愛情と憎しみの

共依存の関係性だったり、

親元を離れても

「自分の心の中の親との関係」に悩む人は多くいます。

 

子供のうちに自分の家庭が

「機能不全」ということに気が付く人はとても稀です。

 

 

母親は一生懸命

娘や息子を育ててきて

娘や息子のほうは一生懸命母親に答えようとしてきた

 

でも

ある時を境に気がついてしまいます

 

 

自分は条件づきの愛情のもとに育てられたのだと

でも側から見て、

親が表面的にはとても優しく、教育や金銭面で面倒見も良く、

子供を一番に考えている(ように見える)

などのケースでは

 

「親に愛されて育った」

と思っている場合がほとんどで

親もまた

「子供を一生懸命愛した」

と思っています

 

気がついてしまうのは

深層心理や肉体の方で

 

実は自分の母親は

自分を本当の意味では完全に受け入れていないんだ

ありのままのこの私を愛してくれてないのだ

 

 

母親は自分の願望の投影を自分に見ている

と無意識のどこかで感じ取ってしまうんです

 

自覚できない場合

苦しさや窮屈さは

体のどこかに不調となって起こります

 

大抵は自我が発達してくる小学生の高学年〜中学生ごろに最初の「違和感」がやってきます。

それは矛盾と混乱となって

娘や息子の心をかき乱し始めます

 

 

 

母親を愛しているし、

母親は私を愛している

そして愛されて生きているはずなのに

なんだかとても苦しい

 

そのような混乱がやってきます

まだはっきり自覚されない、名前のついていない

愛情への飢餓感、激しい感情、絶望感、怒りや、憤りや、羞恥心や、猜疑心などです。

 

 

そこで、母親の望みがどうであろうと、

自分は自分なのだと

自分のことを肯定できれば良いのですが、

 

ありのままの自分との乖離(かいり)、

つまりは

母親の望む自分を自分が演じきってしまっていたり

自分が演じていることに気づかないでいると

とても苦しむことになります。

 

 

社会に出て大人になってから

いろいろな問題が現れたり、鬱やパニック

涙が突然出てしまったり

 

自分が何をしたいのか分からなくなったり

人生の虚無感にさいなまれ始めることもあります

 

 

母親の望む自分と、

それに抵抗する自分、

それに適応しようと努力する自分

それに疲れ切った自分、

常に張り詰めている自分、

 

 

そのように

「自分とは一体誰なんだろう」

「自分が何人もいるような気がする」

と社会に出て、

大人になって

初めて苦しみの正体に気がつき始め

自分に自分が空っぽだと言うことに気がついて愕然としたり

してしまうこともあるんです

 

 

 

行き場のない母親への憎しみや、愛憎に苦しむ人もいます。

 

 

親子関係の書籍や専門家というのがたくさん出てきましたが、

親と決別をしたり親と親を理解しようとしても

その条件付けのもとに虐げられ愛されなかった

小さい頃の自分の心の傷というのはなかなか消えません

 

 

母親に愛されていなかったと認めることは

親自身も自分の条件づけの愛に気がついていない場合

とても難しいのです

 

 

親が無条件の愛の仮面をかぶっていた場合、

その子供たちは

「愛されてない=存在の否定」という観念が存在するからです

 

 

 

 

自分は愛されているはずだ

愛されていたのだ

そうでなければどうにかなってしまう

そういった自我のブロックが邪魔をするのです

 

 

 

 

無条件の存在である自分は

実は何も傷ついていないし、

傷つくこともありません

ですがそれは自我のレベルではわからないのです。

 

 

 

多くの子供にとって

母親から「ありのままの無条件で愛されなかった」

そうはっきりと認めることはとっても困難に思えます。

 

親の問題で頭を悩ませている間は実は

本当の意味での親離れができていないと言う事でもあります

 

 

インドの聖者、アンマの教えでは、僧侶になるために出家するときには

親とはしばらくの間、しっかりと霊性の道を歩むまでは

親との関係を断つように出家者に勧めます

 

 

なぜなら家族のことを考えるたびに自分がしていることに疑問を持ち始めたり

家にいて親を手伝うべきじゃないかと感じ始めたりして

自分の霊性の道が開けていかないからと言うことを言っています

 

 

霊性の道、つまりは自分自身の完全な自己受容をするためには

親離れすることが何よりも必要なのだそうです

 

 

親との問題で苦しんできた人は

親にできることが他には何もなかった

他の選択肢などなかったし、親が期待したことをしてくれないことも

親が別の親になることはないということは

痛いほど理性ではわかっています

 

 

親はいつだって親の最善の選択をして生きてきた

それは理解しているのに

感情が納得できないのです

 

 

小さい頃に、自分で自分の命が守れなかった頃に

無条件の愛が欲しかった

そしてもらえなかった

 

 

母もまた無条件の愛を求めていた

その痛みがまだ残っていて

トラウマだったりそれは無意識の窓に根強く傷として残ってしまっている状態です

 

 

 

傷を治すにはまず傷をしっかり認識することが重要です。

体の傷が治っていくには

まず傷を認識して、消毒し、処置をしますよね

 

 

そして傷は自らの免疫機能で修復していき、

組織がだんだんとその穴を埋めて、再生して癒えていきます

だけどその傷は痛みが消えて、傷も癒えても、あとは少し残ります

 

 

 

そしてその傷跡も時々雨の日に痛み出したりしながら、

だんだんと薄れほとんどわからないほど癒えていきます。

 

 

 

心も同じようにしっかりと治療しなくてはいけないし

その傷にまず気づくことが必要で

傷に気づいたら適切な処置とアプローチをして、時間と共に癒えていきます。

 

アプローチとは

セラピーやヒーリングもそうですし、

自分の心を理解することです。

 

 

それはもう痛みは伴いません

 

 

あなたの中に残った

 

それは再生のプロセスという言う形で

 

あなたの中に新しい可能性をもたらしてくれます

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