お子さんやあるいはご自身が引きこもりや不登校で悩む方は多いですが、

私は子供がいなくて、子供をつくる予定も今のところないのですが

「学校に行かない選択肢」があってもいいと思うんです

 

もし私に子供が生まれたら、小学校から、本人の希望がない限り、いく必要はないと伝えます。

そして一緒にお客さんと関わっていくことや、旅に出たり、自然や人の暮らしをみたり、

なにかをつくったり、なにかを販売したり、

なにかについて書いたり、世の中とふれあっていくこと、そんなことを家族でやっていくとおもいます

 

「この地球に人間としていきる」

ということを考えた時、「学校」という仕組みは違和感ばかりを覚えるからです。

私自身も、子供時代に戻ってもし人生をやり直せるなら、「学校にいかない選択」、を一番にすると思います。

学校で学んだことは正直、ほんらいの自分や魂の自分をむしろ妨げる原因とも思います。

学校の時間ってすっごく長いですよね。

 

小学校6年。中学校3年。高校、大学にそれぞれ3年から修士号までいけば5、6年。

人生の多くの時間、特に多感でまっさらで、一番スポンジのように吸収する時期に

「学校教育」という、よくわからない観念や評価や基準をたくさん入れてしまうこと。

日本の教育や学校の仕組み、学校の中での人間関係についても多くの疑問点があります。

現実に多くの人がこの学校教育から「いきづらさ」を抱えているとも感じます。

 

私の父は教員だったのですが、

わたしもどちらかというと、親の期待にこたえようと

「学校を一生懸命がんばってきた」タイプでした。

 

そして大人になって、それが本当に自分を苦しめる原因にもつながり、

多くの時間を無駄にしてしまったなあと感じます。

私の場合は、外国にも留学に行き、飛び級もして、

技術や資格もたくさん取ったのですが、

なんにも今の活動や仕事に「生きて」いません

むしろ多くのピュアで自由な考え方を

型にはめ込んでしまう価値観や評価基準は

自分の創造性の一番の邪魔になります笑

ですから、できるだけ

「教育」で学んだことや、周りからの「評価」をいつも捨てされるように意識しないといけません。

 

それはヒーリングでも、体の診断でも、ビジネスでも、お仕事や人間関係でも。です

 

そして世界には学校に行かずに活躍したり、好きなことを好きな分野で形にしたり、

子供の頃から「ひとりの人間」として生きているひとたちがたくさんいます。

学校とべつの生きた「学び」を家族という形で実現しているひとたちも多くいます。

学校はみんながおもっているほど、さほど重要じゃないということ。

 

そしてまわりの大人ができることは

何かを教えたり、何かをさせること、社会に馴染むように生きることではなく

その子供のもつ、そしつや煌めき、その子の個性というものがスムーズに花開いていくように、見守るということ。

子供はかってに自分に必要なことを学んでいくからです。

 

むしろお子さんが学校にいかないことが

家庭にとって問題になるならば、

それは親の問題そのものを子供が表現し、

形にして持ってきてくれたのかもしれません。

大人たちこそが、

家族の在り方や、観念や深いところにある本当の欲求、

夫婦の在り方など

生き方を見直すチャンスだよ、と。

 

これから、

学校に行かない選択をする人もこれからどんどん増えていくような気もしています。

 

 

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